♪ 月もおぼろの艶姿 ヤンレヨイヤサ
♪ 臼杵桜の色のよさ ヤンレ ヤンレサホイ
鎮南山
臼杵高校校歌より ♪ 鎮南の峰にわく 遙かなる雲の白さよ
うすき桜 思う存分満喫しましたね
うすき城を後にして 街の方へ移動しました
こんな所に 桜の花が・・・
私達 “クラスメート” だから
みんな一緒に「幸希孝礼者」になったばかり
この桜のように 大木に寄りかかりながら
もう一花咲かせよう。。。か・し・ら (^_-)-☆
140331bin
駅まで来て下さった方々
ミエちゃん・トンちゃん・サッちん
キヨちゃん・アサちゃんです
ありがとうございます
臼杵高校校庭 多々良川
校庭に 私達 第9期卒業生の
「桜の記念樹」 が植えられています
校歌にも
♪ 多々良川 幸を呼び
楠若葉 緑輝く ♪ とあります
臼杵城は別名 “丹生島城” と言われ
海に囲まれた 丹生島に築かれました
今は埋立てられていますが海側は絶壁です
そこに こんなのが出来ているんですね
桜や白椿などを眺めながら上れて
とても楽ですし 楽しいです ねっサッちん!
この階段を上ると
「桜の名所」 臼杵公園です
てっちゃんありがとう!!
「おばちゃんが行きたい所に
何処でも連れてってあげる」
折角そう言ってくれたのに断ってしまって
ほんとうに申し訳なかったわ
今度帰った時お願いね
昨日もミエちゃんを
本丁までつれてってあげたのよね
優しい てっちゃんでした!!
140331bin
今日は高校時代の同級生に逢える日です
朝お墓参りを済ませ出発迄少し時間があり
久しぶりに実家の近くを散策してみました
家を50m下った所に 廃墟と化した蔵です
子供の頃は大きな栴檀の木がありました
木陰にござを敷きご近所の人が集まりました
大人達がひとしきり話に花を咲かせている間
子供達は道路から蔵に両手をついて渡り
突張り乍 何処迄行けるかを競い合いました
高さは1m以上あり段々と広がっているので
怖がりの私は苦手でしたが 毎日練習して
広い所まで行けた時の喜びは最高でした
上級生は蔵の壁が終ったら
大きな木まで跳びついていました
(赤い矢印は実家の方向)
空襲警報のサイレンがなり ヒナ母ちゃんが
着物姿で迎えに来てくれてた場所です
小走りだったので ひばりではないけれど
紅い蹴出しが・・・着物の柄迄覚えています
(勝ちゃん3才、私6才でした)
矢印より100m先の所に柿の木坂があり
編物教室から終列車で帰ってくる私を弟が
坂の上で口笛を吹きながら待っててくれました
暗い夜道で勝ちゃんの口笛を頼りきっていて
どれだけ嬉しかったか知れません
姉思いの弟でした
わぁ~ こんなことになってるんだ~。。。
でも オブジェみたいで かっこいいナ
私の知ってる木は 枝が左の方に伸び
このお宅の縁側まで届いていたような・・・
階段を上ると お地蔵様があります
毎年8月23日は “地蔵さま祭” が行われ
近くの家の庭先で供養の盆踊りがあります
私も母の初盆の時は踊った記憶があります
日ごろは子供達の遊び場になっていました
ハンカチ落としをしたり皆で周りを囲んだり。
その頃は向うに見えるお家は建っていなくて
畑の真ん中のお地蔵さまでした
幼い頃の楽しい想い出が浮かんできますが
廃墟になった蔵や崩れかけた石垣の眺めは
なんだか もの哀しいですね
140331bin
帰郷の折は妹の家に泊めてもらうのですが
今回は久しぶりに実家に泊めて頂きました
実家は一番高い所にあり「空」と言われます
兄嫁は朝からお庭の草取りをしていた様です
これからは雑草も多くなり大変ですね
この坂を上り 見えてるのがお里の家です
椿はもっと聳えていたのに小さくなってます
お庭はタツヨ姉さんの親戚の方が刈り入れ
綺麗に手入れも行き届いているようです
シタノエ富士「竜王山」は防風林で見えません
家から少し上がれば シタノエ港が見えます
ヒラカワ一族の御先祖のお墓です
犬の竜君は3代目ですが1・2代のお墓です
ヒラカワ家のお墓はノボル父ちゃんが建てました
桜、紅白の椿、ボケ等沢山の花に囲まれて
ご先祖様はさぞお喜びのことでしょう
タツヨ姉さんに感謝です
140331bin